ウエツジ ショータロー

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ガタンゴトン この電車には色んな乗客が乗ってきます。
恐怖や不安、絶望や希望、色んな怪獣が乗ってきます。
車窓に広がる日常風景。そしてそれを破壊する非日常。
だけど見慣れてしまえばそんな非日常も日常として受け入れて
何事もなかったように
ボクらの電車は進んでゆきます。
怪獣たちとも仲良くなって、恐怖も不安も受け入れて、
絶望も希望も一緒くたになって
ボクらの電車は未来へと進んでゆきます。 ガタンゴトン


Uetsuji-profile
ウエツジ ショータロー
1981年 奈良生まれ。奈良在住。
大阪芸術大学卒業後、フリーのイラストレーターとして活動。
ホラーテイストだけどどこかユーモラスなオバケ怪物を描くカイブツイラストレー
ター。
近年は国外からの依頼も多数。アートグループCAN缶のメンバーとしても活動中。
昨年の「MONSTER Exhibition 2014」では【優秀賞】を受賞。

http://xxxgigagaloxxx.web.fc2.com


清水 紗彩

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モンスターという言葉には、遠くから迫ってくるような、それでいて、自分の内側から溢れるようなエネルギーのイメージがありました。そのイメージを形に起こそうと思ったとき、最もシンプルで伝えやすくしっくりきたものが水でした。


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清水 紗彩
東京学芸大学美術専攻卒業

2010年 GEISAI 出展
    DesignFesta 出演
2011年 平原演劇祭 出演
    3331千代田芸術祭 出演
2012年 アートフェスタ貢川 出展
2013年 ACTARTCOM 出展

http://www.sarashimizu.net/


清水 イズ

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海に帰る、
星になる、
という言葉があります。
まるで 水底や闇の向こうに 命が安らげる場所があるかのようです。
遠く手が届かない 想像の世界 には 竜が住んでいて、
産み落とされた子どもたちは
海からやってきたり、
星だったりするのでしょうか。
言葉遊びのようですが 私たちは「竜のおとし子」なのかもしれない。

という考えからできた作品です。

私がつくる空想の生き物たちは
ぜひ、対面してその存在を感じて欲しいと思います。
人と竜は生きる時間が違いますが、いつもどこかで出会える機会があるはずです。

材料は主に石粉粘土です。
竜の胴体は、晶洞にも街にも見える透明な柱が立ち並び、
抱きかかえた球越しに覗き込むことができます。
父とも母とも思える顔をしたタツノオトシゴの腕に抱かれて
遠く手の届かない場所に思いを馳せてみてください。


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清水 イズ
頭のなかで空想された 実在しない時代や命を
見て 知って 触れて もらえるようなカタチに。

1991年生まれ 京都在住
2013年から作品展示をはじめる
生き物が好きで、
なかでも、空想のなかにしか存在しない生き物を形にするため表現歩法にはこだわらず、立体造形をはじめ、絵や文章もかく。
また、主催展示会のキュレーターも行う。

[主な展示]
2015.8.21-25『リュウの行商人』cumono gallery:主催
2014.8.22-26『ツノの行商人』cumono gallery:主催
2014.8.20-27『幻獣神話展』Bunkamura gallery:鉱物蟲に寄生された土龍「銀龍草蟲」発表
2013.12.13-22『2013亜蛮人年末展』アートスペース亜蛮人:うまれたばかりのドラゴン「卵歯、殻にあたる音」発表
経歴、受賞歴、略。

SHIMIZUiZU website http://shimizuizu.nobody.jp/


Heronobu

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私が思うに自分の視野の範囲で存在する怪物は人間そのものだと思います。
さっきまで楽しく会話してたお友達が、
自分のちょっとした発言がトリガーとなり突然
表情が変わり自分を無視したり周りに自分の嫌なところを
言いふらしグループから外され孤立させられます。
ほんの一言だけで・・・。
想像してみてください
恐ろしいですよね?怖いですよね?
そんな世界に我々人間は生活し。
我々人間がそんな世界を作り出しているのです。
そう我々人間が怪物
MONSTERなのです
そんな人間をイメージして制作しました。


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Heronobu

フォトコラジュラー
人は日々進化し退化している
人と気持ちをシェアーしている時、食事をする時
笑う時、怒りや悲しみが込み上げてくる時
ニオイや空気を感じる時
何気ないアクションが自分を行動させ自分を創りだす。
そんな断片的な感情を切り取り
コラージュという技法を使用して
作品を制作しています。


岩田 明

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誰しも感じたことがあるだろう。木々の幹や枝が象の足や鳥の足の形に見えることはないだろうか。自然の作り出す造形のリアルさに驚かされる瞬間である。
普段は広告ディレクターとして、デザイナーとして、時には専門学校の講師として、毎日スケジュールに拘束された状態が続いているが、十代の頃から作家としての生き方も意識し模索しながら、さまざまな創作活動にも参加している。
数年前から始めた事だが、樹脂粘土によるオブジェの制作にのめり込んでいる。とくに動物と植物が混在した「生き物=怪獣もどき」を制作している。テーマ・コンセプトは「花骸(hanamukuro)」である。過去の繁栄や支配をその形跡から見出そうとするとなかなか難しいが、私なりの創作イメージで動植物の合体生命体をオブジェにしている。
今回の出品作は「花骸」…それは、動物や植物の遺骸と言って良いだろう。ただ、遺骸となってもかっての美しい形状は「命のカタチ」として心のなかに存在し続ける。過去と未来の時空を越えて命の繋がる螺旋(らせん)に自分自身が立っているようにも思える。


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岩田 明 Iwata Akira


小松 良明

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モノをぶち壊したり、空を飛んだり、火を吹いたり、時には
怖がられ、時には敬われ、人の味方になる。
その荒々しい力は子供の頃の僕を魅了し、大人になった今はよりその
エネルギーに魅了されます。
怪獣は人の造りだした力の形や想像力を表現したものだと思う。
今回は人の力の塊というコンセプトから大塊獣と名付けました。 


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小松 良明
1983年 横浜市生まれ

http://komatsu-yoshiaki.com/


髙田 築

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金属とは展性・延性・可塑性に優れ、大抵のモノは作れてしまう魔法の物質です。
一般的に金属に対し連想するイメージは、硬い・冷たい・重いなどだと思います。しかし私はそうは思いません。日々金属と向き合い制作する中で金属は温かく・柔らかい性質を持つことを金属から教わったからです。最近では「痕跡」をテーマとし、金属と他素材を併用し、立体作品を制作しています。「痕跡」とは、過去に何かがあったこと・何かがいたことを示しています。非現実的な生物の痕跡を示すことでそのものが存在していた、物が確かな存在であると印象づけ、無機的な金属に生命感が生まれると考えています。

金属とは、一見無表情に見えますが、無骨で荒々しくもあり、様々な感情を表現できるある種のモンスターのような物質だと思います。そんなモンスターのような物質で出来たモンスターを思う存分可愛がってあげて下さい。


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髙田 築
1991 大阪府に生まれる
2010 鋳金と出会う
2014 大阪芸術大学 芸術学部工芸学科 金属工芸コース卒業
 大阪芸術大学大学院 芸術研究科 芸術制作専攻 工芸研究領域 入学
現在 大阪芸術大学大学院 芸術研究科 芸術制作専攻 工芸研究領域 在籍中

Facebook
https://www.facebook.com/SPN.Kizuku1205

展覧会歴
2012 大阪芸術大学作品プロジェクト京2012 入選 (計算科学研究機構/兵庫) 
2014 大阪芸術大学卒業制作展「ROAD」研究室賞 (大阪芸術大学キャンパス/大阪) 
第28回 工芸都市高岡クラフトコンペティション 入選 (富山県高岡市)
「作家のひきだし展」(金屋町小泉家/富山県高岡市)
竹内街道灯路祭り (軒下ギャラリー/大阪府太子町)
2015 協会創立90周年記念 第57回大阪工芸展2015 入選(大阪南港ATC/大阪府)
そぞろ歩きアート展2015 入選 (本願寺津村別院・北御堂/大阪府) 
グループ展
2013 「metal for」(galleryいろはに/大阪府堺市) 
「OUA展」アートインナガハマ2013 (滋賀県長浜市) 
2014 「きんぞくのかたち」(galleryいろはに/大阪府堺市)
「想見.」(大阪芸術大学キャンパス内 芸術情報センター/大阪府)


鬼一(おにいち)

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「鬼」は、中国では目に見えない存在(魂、亡霊)という意味を持つ。
中国から伝来したこの「鬼」は、日本で独自の進化を遂げていく。
目には見えない存在は、様々な災厄(天災、疫病)の根源と考えられ、その強力な力は畏怖、畏敬の念へと変化し、信仰の対象ともなっていく。                      
そして日本古来の山岳信仰や神道、さらに仏教、陰陽道などと融合し、次第に「鬼」は視覚化され、現在の「鬼」が形作られていく。
鬼面鬼瓦は、「鬼」を祀ることで、その強力な霊力を逆に利用し、魔除けとして屋根に飾ったといわれています。
日本の民話や祭事、能の謡曲など様々な場面に登場する「鬼」は、時には悲哀で孤独であったり、また可笑しく滑稽である事もある。
日本語の中にも「鬼」を使った言葉が非常に多く存在している。
「鬼」は、強力な力を持つ無慈悲な存在とは別に、人間らしい情のある側面も持っている。
これは、我々人間を投影した存在であり、我々から生み出された自身の一部であるからであろう。
「鬼」は日本文化、日本人に深く根差した存在であり、見えるものと見えざるものとを繋ぐ存在であり、我々自身でもある。


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鬼一(おにいち)
鬼師(鬼瓦職人)鬼瓦、陶彫、オブジェなど制作。

https://sites.google.com/site/oniichi021/


児玉龍太郎 Ryutaro Kodama

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映画において潜在的に存在する「物語」という怪物。それは、見る者にとって非常に優しくもあり恐怖の対象でもある。この作品は、この超現実的かつフィクショナリーな物語という怪物と戦うことを目的として制作。 物語と”戦う”ということは、「殺す」(=物語らない)ことなのか、また、「手懐ける」 (=物語との和解)ことなのか?

劇映画のカウンターカルチャーとして様々な”映画退治”が行われてきたが、それは、”作り手から観客へ”という片側からのみの問掛けだったのかもしれない。「私(=作り手)も分からない。あなた(=観客)はどう思う?」という間柄を許容してくれる、言い換えると、共に物語という怪物と戦ってくれる関係性を生むことがこの作品の目的である。

映画というメディアの相互関係の可能性を探り、現代の映画における「物語」と「映画」の関係を共に考え直すことを目標とする。

あらすじ:
ヘルパーとして働く田中恭子(26)は、今日も団地住まいの前田よね(74)と平和な時間を過ごす。隣の部屋から謎の男の視線を感じる日常。ある晩、居眠りしていた恭子は異音で目を覚ます。姿の見当たらないよねを追って外へ出た恭子は、山積みになったスクラップの自転車、強烈に揺れる車など、 怪物が遊んだあとのような異様な光景を目撃する。そして、その先にはよねらしき姿も存在する。


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児玉龍太郎 Ryutaro Kodama
1988年東京都生。
青山学院大学社会情報学部にて、コミュニティデザインを専攻。
東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域 修士2年に在学。
現在は、来春に渋谷ユーロスペースにて公開予定の修了制作に向けて長編映画の企画を準備中。

児玉龍太郎
Mail: brutus-green@live.jp


浅井 海奈

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私は今年旅先のベトナムで龍の話を聞きました。
人々が畏れ、敬う神の生き物。
龍の大きく輝く瞳は自分自身を映す鏡とも言われているそうです。
私達が誰かの瞳を見て、感情を伝え相手を理解するように、瞳には大きな役割があります。
この想像上の生き物は私達のいる現実の輪郭線を見せてくれるでしょう。
物事とは綺麗な円ではなく、光の指す方向によって影が違うものです。
無垢なこどもの龍の目はどのような輪郭を貴方に辿らせるのか。
自ずと問いかけてくるはずです。


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浅井 海奈
現在多摩美術大学絵画学科油画学部在学中
多数の受賞暦あり
主にイベントや展示で活動しています。

http://554x.com/